シマノとダイワ仁義なき戦い【マグシールド編】実は磁性流体はシマノが先だった
※グローブライドはダイワの会社名です
概要
まずこの裁判は特許が侵害されたというようなものではなく、シマノがダイワの特許を無効にしてくれと特許庁に請求したのが事の発端です。この段階では特許庁に請求したのであって、裁判とは無関係です。
特許庁はダイワの特許は有効であるという判断を下し、その判断が不服としてシマノが裁判所に訴えたという構図です。
| 2009年 | ダイワがマグシールドに関する特許出願 | |
| 2013年 | 特許登録 | はれてマグシールドに関する技術が特許になる |
| 2014年 | シマノが特許を無効にするように請求 | |
| 2014年 | ダイワが訂正請求をする | 無効にならないように特許をルールにのっとって訂正することができる |
| 2015年 | ダイワの訂正請求が認められ特許が無効にならなかった | マグシールドはやはりダイワの特許であると認められる |
| 2016年 | シマノは特許が無効にならなかったという審決を取り消すように訴えるが、棄却 | シマノはダイワの特許を無効にしようと再度食い下がるが、今回も無効にならず。完全に勝負が決した |
平成28年6月22日判決言渡
平成27年(行ケ)第10208号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成28年5月18日
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-85966.pdf
原告:シマノ
ダイワのマグシールドに関する特許を無効にするように特許庁に請求したが無効にならないという審決が出たので、特許庁の審決を取り消すように裁判で訴えた。
被告:グローブライド
シマノは特許庁の判断が不服なのだが、裁判のルール上ダイワが被告として呼ばれた。
争点
ダイワのマグシールドに進歩性があるかどうか。進歩性とは、だれでも簡単に思いつくようなものではないという意味です。
勝者:グローブライド
ダイワの特許を無効にしないという審決は取り消しにならず、ダイワが勝利した。つまりマグシールドの特許は引き続き認められた。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
磁性流体を使う発想はシマノが先だった
特許の資料を調べる過程で分かり私も驚いたのですが、なんとダイワより11年も前の1998年にシマノは磁性流体と磁石を利用してリールの防水機構を設ける技術を特許庁に出願していました(特開平11-276042号公報、最終的に特許にはならなかった)。
しかし、実用化する技術力がなくあきらめたのか、優位性がないと判断して別の防水方法の開発に着手したのか、シマノが公表しない限り分かりようがないのですが、しなかったのかできなかったのか、結局製品化されませんでした。
それぞれの主張
全て書くと膨大になりますので細かい部分は割愛します。以下は私の解説であり一字一句引用したものではありません。
下の主張の中に出てくる甲1や甲2は過去に出願したシマノの発明です。この項目の後に解説とともに貼っておきます。
なお、甲4については自動車部品や工作機器を製造する株式会社ジェイテクトが出願したもので、釣り具とは全く関係ないのでこれに関するそれぞれの主張は割愛します。これもこの項目の後に解説とともに貼っておきます。
シマノの主張
「シマノが過去に出願した甲1と甲2と他社が過去に出願した甲4に記載された周知の技術に基づけば、ダイワは容易に発明をすることができたものであるから、特許は無効である」要するに「俺らのアイデアパクったら、マグシールドなんか簡単に思いつくわ」ということですね。
そしてそれに基づいた、マグシールドのような構造の図をいくつか用意し、ダイワのマグシールドはまさにこれではないかと言う主張を展開しました。
ダイワの主張
ダイワの主な主張は以下です。
そもそもシマノが出願した甲2の磁気シールは実施不可能である。
実際に作るのは無理なのか、それともそんな構造では防水にならないということなのか、細かくは言及していなかったのですが、どっちにしろ実用化できるアイデアではないということをダイワは言いたかったのです。
甲1を見ると、シマノは「弾性体によるシール」についての課題を認識できていない
マグシールドは、ローターの回転抵抗が大きくなるという物理シールの課題を解決するための発明である。
一方シマノは甲1で「物理シールの先を先細りのリップ形状にしたら摩擦抵抗を抑えられる」と言っていた。そこからあえて、部品点数が多く、組立時に磁性流体の注入作業が必要とされる磁気シールを採用するという発想は生まれない。
シマノが主張する甲2の磁気シールはベイトリールのドライブシャフトに取り付けるものであって、スピニングのワンウェイクラッチを保護するシール(マグシールド)に転用できない
これはそのままの意味です。
甲1の物理シールの部分を甲2の磁気シールに代えると様々な問題が生じるので無理
甲1の構造のスピニングリールに甲2の磁気シールを採用すると、ローラー部分で磁気回路が発生することは自明であり、磁気シールする隙間に十分な磁気回路を形成することができない。また磁性体オイルにワンウェイクラッチのオイルが混入して磁性体オイルの性能が低下する。また、摩擦抵抗及び磁力により、ローラーの円滑な回転、移動による楔作用が困難になり、逆転防止機能が発揮されなくなる。というのがダイワの反論です。
シマノはいくつかマグシールドのような図を用意してこういうものは容易に思いつくと主張していたのですが、これはその中の例のひとつで、それらに対してダイワはひとつひとつ反論していきます。問題点をひとつひとつ解決してマグシールドを完成させたのですから、反論が思いつくのは容易であったのかもしれません。
裁判所の判断
甲2にはワンウェイクラッチなどが収まる部分の開口部に磁気シールを設けることについての記載はない。
シマノが発明した甲2の磁気シールは主にベイトリールの話です。また、「内装部品の外気に接触する側であればどのような位置でもよい」とも書いています。またスピニングリールにも適用できると書いています。
しかし、マグシールドと同じ位置と目的で磁気シールを設けるという記載はないということを裁判所は指摘しています。
シマノは「弾性体によるシール」についての課題を認識できていない
これはダイワの主張と同じです。「先細りのリップ構造の弾性体シール(いわゆる物理シールですね)を採用すれば、物理シール構造を採用しても、ロータの回転抵抗の増加を可及的に抑えることができる」とシマノは言っているのだから、ダイワが弾性体シールについての課題とする、回転性能が低下する、防水性能が安定しない、等をシマノは認識していないではないかということです。
以上によれば、甲1発明に甲2に記載された事項を適用することに動機付けがあるとは認められない。
上で言ったようにシマノは物理シールについての課題(不具合、問題点という意味合い)を認識していないのだから、「よし、物理シールはやめてマグシールドみたいなやつを開発しよう」とはならないよねということです。
動機付けという独特の特許用語が出てきますが、「必要性が生まれ、そこから発想が生まれる」というような感じの意味です。この場合は、シマノ自ら物理シールでも抵抗の小さい物を作れると言っているのだから、そもそも磁性体オイルの必要性が生まれず、磁性体を採用する動機はないよねということです。
甲1に甲2の磁気シール機構を適用するのは構造的にできない。
甲2の磁気シール機構にはワンウェイクラッチのローラーなどが前方に移動するのを押さえる機能がないので、甲1のスピニングリールに適用することはできない。ようするに構造が破綻しているので実現不可能と言うことです。中の部品をどうやって固定するのということです。
では甲1に加えて別に磁気シール機構を設けてはどうかというと、これではダイワのマグシールドと同じ構成にはならない
スピニングリールのローターを外すと出てくるワンウェイクラッチが入っているボディーのあの部分のカバーに磁気シール機構を加えようということですが、私は一瞬おおこれはマグシールドと同じではないかと思ったのですが、甲1の記載に従えば、マグシールドと同じ位置に設けることにはならない。という裁判所の判断になりました。
結論
ざっくりと言えば、「シマノは、マグシールドの構成を容易に想到できるとは認められない。なのでダイワの発明には進歩性がある」ということです。
この裁判の争点であった進歩性の有無については進歩性(誰にも思いつかないすごいアイデアみたいな意味)有りということになり、シマノのマグシールドの特許を無効にしろという請求は特許庁だけでなく裁判所にも退けられたことになります。これでこの一連の争いに終止符が打たれました。
参考資料
一字一句引用しているのではなく私の解説です。一字一句引用すると慣れるまで全く意味不明ですが、興味がある方はリンクを記載しておきますので、原文を読んでみてください。
ダイワのマグシールドの特許
文献:https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2009-033227/10/ja
出願した会社:グローブライド
登録番号:特許5249076
ステータス:特許有効
出願2009年、登録2013年
発明が解決しようとする課題
回転軸とワンウェイクラッチが収まっているボディーカバーの隙間を防水構造にしたいのだが、物理シールでは以下の問題が生じる。
- 駆動軸との摩擦接触圧が一定せず、防水性能が安定しない。
- 先端が摩耗し易く、その場合には、防水性能が低下してしまう。
- 摩擦接触圧のバラツキ等の影響により、回転部品の回転性能が低下する(回転が重くなる)等の課題も残されている。
本発明の目的は、駆動部への浸水を確実に防止でき、水等が浸入し易い過酷な環境下においても常に安定した駆動性能を得ることができる魚釣用リールを提供することにある。
課題を解決するための手段
ピニオン部分(端っこがピニオンギアになってて、メインシャフトが貫通している筒)に筒状の磁性体部材(いわゆるクラッチリング)をはめて、カバーとの隙間に磁気回路を形成して磁性流体(マグオイル)を保持する。
甲1(特開2001-25338号公報)
こちらはシマノのスピニングリールについての磁性流体とは無関係の特許です。ちなみに特許は消滅しています。
文献:https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-H11-200460/10/ja
出願した会社:シマノ
登録番号:特許3981219
ステータス:特許 消滅(年金不納による特許権の消滅)
出願1999年、登録2007年
発明が解決しようとする課題
従来の構成では、仕掛けに魚がかかったり根がかりなどにより釣り糸に大きな張力が作用すると、ロータが前方に引っ張られる。これをスラスト力という。ピニオンギアの端っことローターはくっついているので、スラスト力がかかるとピニオンギアも前に引っ張られる、するとピニオンギアの歯の前方にあるボールベアリングもギアによって前方に押され、最終的にはワンウェイクラッチにもスラスト力が作用してしまう。すると以下のような問題が生じる
- クラッチローラーにもスラスト力が作用するので、クラッチローラーはそれを考慮した寸法にする必要があるとともに、クラッチローラーに作用する荷重が不均一になる等の問題が生じるおそれがある。
- ワンウェイクラッチの軸方向の移動を規制するために、スラスト力に耐え得るように重荷重に対応可能なネジ等を利用する必要がある。
本発明の課題は、スピニングリールのロータ駆動装置において、ワンウェイクラッチにスラスト力が作用しないようにすることにある。
課題を解決するための手段
ボールベアリングの前方に、ボディーにねじで固定されたワッシャ状の円板部材を設けて、ボールベアリングにスラスト力がかかってもワンウェイクラッチには伝達されないようにした。
甲2(特開平11-276042号公報)
こちらはシマノの磁性流体についての特許出願です。
文献:https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-H10-079352/10/ja
出願した会社:シマノ
ステータス:出願の拒絶・却下(【審査請求】未請求)特許にはならなかった
出願1998年
発明が解決しようとする課題
本発明の課題は、回転性能の低下を抑えた釣り用リールのシール機構を提供することにある。
課題を解決するための手段
「回転する部品とそれが貫通している部品のどちらか一方に磁気回路で磁性流体が保持されたシール機構が設ける。」と言う内容の記載がありますが、マグシールドは回転軸とカバーの間で磁気回路を形成するという点で明確に違います。
あと磁気保持手段を回転軸とそれが貫通している部品の両方に設ける場合など、複数のパターンが記載されていますが、割愛します。
甲4(実願昭63-18054号(実開平1-121769号))
こちらは自動車部品や工作機器を製造する株式会社ジェイテクトが出願したもので、そもそも釣り具とは関係ないので詳細は割愛します。
文献:https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-S63-018054/20/ja
出願した会社:(旧)光洋精工、(現)JTEKT
ステータス:ー(拒絶平06-003247)実用新案として認められず
出願1988年
環状の磁石とそれに貫通する磁性体のリングがはめられた非磁性体のシャフトとの隙間に磁気回路を形成して磁性流体を保持するという構造の実用新案です。確かにこの構造はマグシールドに実に似ています。
何に関することかと言うと「高清浄度雰囲気もしくは真空中で使用される機器、装置の軸受などに用いられる磁性流体利用の密封装置に関する。」ということです。要するに隙間を密封するという目的ですね。
裁判には勝ったが、マグシールドが勝ちと言えるか
最初に磁性体オイルに目を付けたのはシマノですが、技術力で課題をひとつひとつ超えていき実用化したのはダイワです。
そしてダイワが実用化した後でシマノは特許の無効を訴えたのですが、シマノがやらなかった事をダイワが一つ一つ全部やってこの結果を生んだことを考えると、私は今回の裁判結果は妥当だと思います。
しかし、マグシールドがシマノより優位性があるかと言えばそれは別の話です。圧倒的に優位性のある技術には議論の余地はありません。特許使用料を払って、みんなそれになると思います。マグシールドがいいとかXプロテクトがいいとか議論している時点でどちらかに明確な優位性があるということはないということです。
どちらも世界に誇る素晴らしい技術だという事だと思います。
