シマノとダイワ、仁義なき戦い【初代カルカッタ編】
原告:シマノ
実用新案(初代カルカッタに使用された)をリョービの請求によって特許庁に無効にされたので、無効にされるのはおかしいと裁判所に訴えた。
被告:リョウビ(補助参加人ダイワ)
シマノは特許庁の判断に不服があったのだが、法律上被告は当事者であるリョービということになり、さらにそこに補助参加人としてダイワという強力な助っ人が加わる。
勝者:リョービ、ダイワ
リョービとダイワが勝ち、シマノの実用新案は無効のままとなった。
実用新案無効の理由
特許庁は「慣用技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができた」として実用新案を無効にしました。ようするに「そんなん誰でも思いつくわ」ということですね。
概要
| 1990年 | 実用新案出願(初代カルカッタに使われる技術) | |
| 1991年 | 初代カルカッタ発売 | 丸型リールの革命であった |
| 1997年 | 実用新案登録 | はれて実用新案が登録される |
| 2001年 | リョービが実用新案の無効請求をし、それが通り、実用新案は無効になる | 他社にとっては実用新案を無効にしてくれなければ同じようなものを作れないので困る |
| 2002年 | シマノが特許庁の判断を不服として、実用新案を無効とした審決を取り消すように裁判所に訴えるが棄却される。 | シマノは自分たちの技術はやはり実用新案に値すると訴えるが、ダイワも加勢して実用新案を完全に潰すことに成功 |
まず始まりは、リョウビがシマノのカルカッタに使われた技術の実用新案を無効にするように請求したことです(2000年)。リョウビはカルカッタに使われている技術を堂々と使いたかったのでしょう。結果その請求が通り、特許庁はカルカッタの実用新案を無効にしました(2001年)。
次にシマノがこの特許庁の審決を不服として裁判所に訴えました。シマノにとっては自社の技術は進歩性のある独自の技術であるのに実用新案を無効にするのは何ごとかということです。その際当事者であるリョウビが被告として呼ばれ、そこにダイワが補助参加人として加勢しました、大ボスの登場ですね。その結果、特許庁の審決は覆らず、実用新案は無効のままになりました(2002年)。
シマノの技術は何が革命的だったのか
シマノは図1のようにスプール軸をボディーの中心から上にずらすことによって、ロープロファイルでは当たり前になっていた「パーミング性能がよく、ギア比が高く、クラッチがスプールのすぐ後ろにあって親指で切れて、レベルワインダーがスプールから遠い位置にある」という性能を形に制約がある丸型リールで実現しようとしました。この極シンプルな技術こそが丸型ベイトリールに革命をもたらしたのです。数10年動かなかったものが動きだした瞬間でした。
その技術はあまりにも完成されていて、椅子の脚が4本あるように今後丸型ベイトリールを作るには物理的にこれしかありえないというところまで完成されていたのです。実際に今の丸型ベイトリールは全てこれです。
当然他の釣り具メーカーは困ります。このままではシマノに一生勝てないのが確定してしまいますので。そこでまずリョービが「そんなんスプール軸をちょっと上にしただけやないかい、そんな発想は誰でも思いつくし、アメリカの特許ですでに存在するわ」といちゃもんを付け、そこにダイワが加わって、見事に実用新案を無効にしてしまったのです。
図1

スプール軸を中心より上にすることによって、機械を収めるスペースを確保し、ギアの大型化に成功し、スプールをより後ろ側に移動することに成功し、レベルワインドとの距離を確保し、リールフットをボディーにめり込ませてロープロファイル化、等に成功した。
ダイワ、リョービ、アブが結託していた可能性
カルカッタの実用新案が登録されたのが1997年でそれが無効とされたのが2001年です、しかしすでに1999年にこの技術をパクって、ダイワからミリオネアcv-zが、リョービからバリウスが、アブからはモラムが相次いで発売されました。見事に同時にです。
この事実から見るとダイワとリョービだけではなくアブも結託して、シマノの実用新案を無効にする作戦を練っていたのではないかと勘繰ってしまいます。それともアブは高みの見物で様子を見ていただけなのかも知れません。いずれにせよ、この時点で勝機を確信していたのでしょう。
裁判には負けたがシマノは勝った
現実を見れば明らかです、今でも丸型リールではカルカッタがトップランナーとして君臨しています。多くのラインナップがあり、DCも搭載されました。ダイワはリョウガの1種類しかなく現在でもロープロファイルに力を入れています。
当時のダイワは丸型リールはアブの丸パクリを開発するにとどめ、アブは丸型リールを当時のもの以上に進化させることができず、時代はロープロファイルに流れていきました。
その時代にいち早く丸型リールの魅力は今後もすたれることがないと見抜き、開発を続けたシマノの先見の明、このような単純な構造の物をさらに進化させるという開発陣の執念、そしてそれを現実の物にした確かな技術、実用新案を出願しそれが登録されるまで誰も手を出せない状態を作り出し、その間丸型リール市場を独占し、さらに進化させ続け「丸型リールはシマノ」という確固たるブランド力を築いた企業戦略。
シマノは勝者と言えるのではないでしょうか。
